「聖女制度の廃止をここに宣言する!!」
王がそう宣言すると、民衆は歓喜の声を上げた。
中には感極まって涙する者までいる。
「そんな……」
その光景を群衆から離れた所で一人見るのは、この私アラクネである。
私は魔法学校を卒業した後、この国の聖女となり、今まで国のために尽くしてきた。
だがご覧の通り、たった今聖女制度はなくなってしまった。
つまり私は職を失ったのである。
「聖女なんかいなくなれ!」
「これで安心して暮らしていける。やったな!」
人々の声が濁流の様に耳になだれ込む。
今まで国を護ってきたのは私なのに、皆はそれを知らないのだろうか?
どうやら聖女は民衆に嫌われているようだ。
救いを求めるような目で王を見ると、彼はまだ何かを言おうとしていた。
「皆の衆……聖女制度の廃止に伴い、現聖女にはこの国を出ていってもらう。また現在魔法学校に通う者は違う学校へ編入して……」
え?
私は王の言葉が一瞬信じられなかった。
何かの間違いだろうか。
記憶に残っている王の言葉を何度も頭の中で再生した。
……現聖女にはこの国を出ていってもらう。
「嘘でしょ……」
私は呆然とした様子でそう呟いた。
どうやら私は職を失っただけではなく、この国から追い出されてしまうらしい。
絶望感が頭に上り、視界が一気に狭くなった。
「そんなことって……」
……もしかしたら今の私と同じ気持ちになっている人もどこかにいるのかもしれない。
だが、世の中は多数派によって選択される。
それは変わらない世界の真理なのだ。
*
「陛下! どうか私を見捨てないでください!」
演説の後、リチャード陛下の部屋に私は飛び込んでいった。
しかし彼は私とは対照的に冷めた視線を床に向けていた。
「アラクネよ。お前が今まで国のために頑張ってきたことは私が一番分かっておる。だが、もう聖女は必要ないのだ。分かってくれ」
「そんな! あんまりです……せめて……せめて! この国に……」
「アラクネ!」
リチャードの声が部屋に響く。
「民はもう聖女の存在を望んでおらん。それどころかお前の魔法に恐怖さえ示しておる者もいる。そんな国でお前は生きていけるのか? 皆に恐れられながら幸せな暮らしが出来るか?」
「それは……」
薄々気づいてはいた。
聖女が周りから恐れられる存在であることを。
しかしそれでも私は聖女になった。
それが私の夢だったからだ。
「私は……聖女になるのが夢だったんです……なのに……なのに……こんなことって……」
自然と涙が流れ落ちた。
頬が熱くなると同時に、今までの聖女としての人生が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
「お前のためでもあるんだ。分かるだろ?」
リチャードの声が頭の隅に追いやられる。
涙で視界が滲み、立っているのも辛かった。
なぜ私がこんな目に遭わなければいけないのか?
もちろん民衆の意見も分かる。
魔法が使える者が自分達の国の中にいるのだ。
それを危険と見なす者なんて絶対出てくる。
だが、私は今まで民に危害を加えたことなど一度たりともない。
むしろ守ってきた方ではないのか。
そんなことをひたすら自問自答するも、解答は決まっているようで、ただただ気分が沈むだけだった。
「アラクネ。今までご苦労だった」
そして、その言葉を最後に私は部屋から追い出されてしまった。
*
数日後。
屈強な兵士二人に連れられ、私は国の裏手の道を歩かされていた。
王族の人間が人目から隠れるために作られたこの道は、一般市民が入らないように、兵士が絶え間なく巡回していた。
「アラクネ様、どうかされましたか?」
背後にそびえ立つ城をちらっと見ると、隣を歩く兵士が言った。
上からの命令なのか、本人の気分なのかは分からないが、兵士の言葉はどこか優しかった。
私は彼が聖女に同情の念でも抱いてくれていれば……と願った。
「……なんでもないわ。行きましょう」
しかしそれを諦めるように首を振ると、私は再び歩き出した。
……しばらくすると、目の前に南の門が見えてきた。
門の前には馬車が用意されており、その横で一人の男がこちらに手を振っている。
彼の名前はケル。私の婚約者だった。
「ケル!」
兵士のことなど気にすることもなく、私は彼の元に駆け寄った。
「アラクネ……そろそろ行くかい?」
彼は私の手を握ると、悲しい笑顔でそう言った。
私は何とか笑おうとつとめたが、それは無理だった。
「うん……でも本当にごめんなさい……あなたまで一緒に国を追い出されてしまう羽目になって……」
王が聖女制度の廃止を宣言した二日後。
ケルは私のためを思い、リチャード陛下に聖女制度を続けるようにと直談判をした。
しかし討論が過激化し、ケルは陛下に暴言を言ってしまった。
それに怒った陛下は、ケルも私と同様に国から追放したのだ。
……私は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
私だけならともかく、一番大切な人を傷つけてしまった。
私が聖女であるばっかりに……。
だがケルは、そんなこと気にしないとでも言いたげに私に微笑みかけた。
「いいんだ。俺はアラクネと一緒なら大丈夫だから」
「ケル……」
私はそっとケルと口づけをかわした。
「じゃあ。行こうか」
「うん」
そして私たちは馬車に乗り込んだ。
*
馬車の窓から遠ざかる王国を見ながら、私はため息をついた。
「大丈夫かい?」
ケルが私を心配して声をかけてくれる。
「うん。大丈夫」
私は心配をかけまいと作り笑いを浮かべた。
だが、内心では悲しい気持ちと怒りが入り混じっていた。
自分が何を思っているのか分からなくなりそうで怖い。
まるで泥沼に足を踏み入れたような感覚だった。
……だが、その時ふと、私の中にある考えが浮かんできた。
王国の人を全て消してしまったらどうなるのだろう。
皆いなくなれば私だってケルだって、こんな目に遭わなくてすんだのじゃないかしら。
私が魔法を使えば一瞬で消すことができる。
消えた人々は自分が消えたことすら気づかない。
バレなければ罪には問われない。
リチャードの言葉がふいに脳裏をかすめる。
『お前のためでもあるんだ。分かるだろ?』
お前のため?あなた達のためでしょ?
瞬間、悲しみより怒りが勝ってくるのを私ははっきりと感じた。
「そうよ……」
私はぼそっと呟いた。
そうよ、私は今まで国のために一生懸命働いてきた。
それなのにちょっと平和になったからって婚約者共々国から追い出すの!?
勝手すぎない!?
そして……
パチンッ。
私は指を鳴らした。
ケルが不思議そうな表情でこちらを見つめている。
「ん? アラクネ、どうかしたのか?」
「ああ……虫がいたのよ……魔法で消しておいたわ」
「そうか、ありがとう」
「ええ」
私は晴れやかな気持ちを胸に、精一杯の笑顔でそう答えた。
……私達を邪魔した虫は消した。
これから私の幸せが始まるのだ。
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