私の妹シャーロットは両親に溺愛されて育った。
私と違い美形な妹が可愛いのはわかるが、両親のそれは度を越したものだった。
妹もそれが当たり前だと思って育ってしまったからか、我の強さは筋金入りだった。
そして今日。
「ミカエラお姉様! 何故家族のお茶会に来て下さらないのです!」
「ごめん、ちょっと忙しくて」
私は苦笑いを浮かべる。
「そんなはずありませんわ!お姉様は一日中暇なはずです!それともレイギンス様のお手伝いでもされていたのですか!?」
レイギンスとは私の婚約者の名前で、私は家を離れ彼と同棲していた。
その関係で彼が家に持ち込んでくる仕事を私はたまに手伝うことがあった。
今回お茶会に参加できなかったのもそれが原因であるので、私はコクリと頷いた。
すると彼女は鬼の首を取ったかのように騒ぎ立てた。
「まあ! やはりそうでしたのね!! お父様に言って婚約破棄させていただきます!!」
「……はい?」
あまりに突然の言葉に私は戸惑った。
しかし妹には彼女の都合の良いように世界が見えているようで、私の反応など気にせず言葉を続けた。
「そもそもお姉様にあんな人は合わないと思っていたんです……自分の婚約者に仕事を手伝わせるなんて何を考えているのやら……私たちの幸せを壊す人なんて捨ててしまいましょう!」
「えっと……シャーロット……一旦落ち着いて……」
しかし妹は落ち着く様子もなく、瞳に闘志を滾らせていた。
「今からお父様と一緒にレイギンス家に参りますわ!そこできちんと話をします!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
こうして妹は私の制止を振り切り、父親と私を連れレイギンスの実家へと乗り込んだのだった。
レイギンス家の実家に馬車が到着すると、妹は一目散に馬車から飛び出した。
私と父も後に続く。
「ふうっ!やっと着いたわね!」
鼻息を荒くする妹に私は心配そうに尋ねた。
「シャーロット……本当にやる気? あなたが恥をかくだけだと思うけど……」
「心配しなくても大丈夫ですわ! 私が本気になればあの方との婚約なんてなかったことにできますもの!……ですよねお父様!」
自信満々に答える彼女に私は呆れてしまう。
父の方も急に怖気づいてきたのか曖昧な様子で小さく頷いた。
「まあ……そうかもしれないな……分からないけど……」
「ほら!お父様だってこう言っているんだから問題ないじゃない!」
私は大きなため息をつくしかなかった。
こうなってしまった妹を止める術はない。
私は一緒に泥沼に沈むような思いで言った。
「ああもう分かったわよ。好きにしてちょうだい」
しかし、後にこの決断が大きな間違いであったと思い知らされることになる。
*
客間へ通された私たちが待つこと数分。
レイギンスの両親であるワグナー伯爵夫妻が現れた。
二人は丁寧に頭を下げると、向かいのソファーに腰を下ろした。
先に口を開いたのはワグナー伯爵だった。
「それで……今日はどういった御用でしょうか?」
彼の声色からは明らかな戸惑いが感じられた。
突然押しかけてきたのだからそれも当然だろう。
「単刀直入に申し上げます!私の姉ミカエラとレイギンス様との婚約を破棄してください!」
シャーロットは臆することなく高らかに宣言した。
「そ、それは……一体どういうことでしょう……?」
ワグナー伯爵は恐る恐る尋ね返した。
するとシャーロットはふんぞり返るようにして答えた。
「言葉通りの意味です!お姉様の婚約を破棄して下さい!あの方はお姉様だけでなく私たち家族へも迷惑をかけました!今すぐに縁を切るべきなのです!」
途端にワグナー夫妻の顔色が青くなる。
「あの……もしかして……息子が何かご無礼を致したのですか?も、申し訳ありません……」
「あら、ご存知なかったんですか?では説明させていただきますわね」
シャーロットはそう言うと、得意げに語り始める。
しかしその内容は薄っぺらいもので、とても婚約破棄の理由になる程のものではなく、ワグナー夫妻はきょとんとした顔に戻っていた。
「……以上が理由になります。婚約破棄して頂けますね?」
シャーロットは満足気に問いかけたが、ワグナー夫妻は少し困った表情を浮かべていた。
沈黙が立ち込める中、口火を切ったのは父だった。
「シャーロット……もう止めよう……これ以上続けても私たちが恥をかくだけだ……」
「えぇ!?な、何を言っているの!?」
父の予想外の言葉にシャーロットは素っ頓狂な声を上げる。
「ワグナー様、そして奥様。誠に申し訳ありませんが、今の話は聞かなかったことにしては頂けないでしょうか?私の娘がとんだご無礼を……申し訳ありません……」
父が目の前の夫妻に向かって深く頭を下げた。
「あ……私からも……妹が申し訳ありませんでした……」
私も父にならい頭を下げる。シャーロットはというと、未だ納得できない様子で顔を歪めている。
私たちの事情を察したのか、夫妻は安心した顔で「いえいえ」と手を振った。
これにて一件落着……かに思われたが、妹の一言で事態は終幕から遠ざかることとなる。
「ち、違います!私のせいじゃないんですよ!これも全部お姉様に言われてやったことなのです!お姉様が全部悪いのです!」
*
「……シャーロット!? あなた何を言っているの!?」
「本当のことじゃない!お姉様が好きにしていいっておっしゃったんですよ!」
確かに好きにしろとは言ったけど……。
都合よく歪曲された事実に私はため息をついた。
と、ワグナー伯爵がシャーロットにそっと尋ねた。
「シャーロットさん……そもそもの話ですが……なぜあなたがお姉さんの婚約破棄を提案なさるのですか?」
「え?」
シャーロットの顔が分かりやすく狼狽える。
「あなたが家族を大切に思う気持ちは分かります。しかしミカエラさんの婚約者のことは彼女自身が決めればよいのではないのですか?」
「うっ…………」
シャーロットは何も言い返すことができなかった。
彼女の瞳には涙まで浮かび始めている。
全てが自分の思い通りになると思っていた彼女にとって、伯爵の言葉は胸に突き刺さるものとなったのだ。
「シャーロット……もう帰ろう……ね?」
皆がシャーロットの動向を見守る中、私は彼女の手を取り立ち上がった。
しかし彼女は一向に動こうとしない。
「シャーロット……」
「……嫌よ……こんな……どうして……」
私は彼女の手を引き無理やり立たせると、ワグナー伯爵たちに別れを告げ馬車へと戻った。
馬車の中で父はシャーロットに厳しい目を向けた。
「シャーロット……辛いとは思うがこれが現実だ……受け入れろ」
父の瞳にはどこか罪悪感が灯っていた。
自分が甘やかしたせいで、シャーロットが我がままに育ってしまい罪の意識を感じているのだ。
しかし私はそんな父を責める気にはなれなかった。
やはり彼が私の父だからであろう。
「お父様……」
「……シャーロット、お前ももう大人なんだ。今回の件は自分の言動をよく振り返って反省しなさい」
「はい……」
父の言葉を最後にシャーロットは俯き黙り込んでしまった。
しばらくして馬車が止まると、私たち三人は屋敷に戻った。
自室に入るやいなやシャーロットはベッドに倒れ込んだ。
「シャーロット……」
心配してついていった私が声をかけるも返事はない。
きっと相当ショックを受けたに違いない。
「仕方ないわよ……そういう時もあるわ……」
「……違うのよ」
シャーロットがぼそりと呟く。
「そうじゃなくて……もっと根本的な問題なの……」
「……どういう意味?」
するとシャーロットはゆっくりと体を起こし私の方を見た。
その目は少し赤くなっている。
「私……今まで家族のことばかり見てきたわ……家族さえいれば他に何もいらなかったの。だから家族の幸せのためなら何でもしようと思ったの。でも……お姉様の婚約のことを聞いたとき、初めてお姉様のことが羨ましいと思ってしまったの。私だって……レイギンス様と一緒にいたかったなって……」
「シャーロット……」
「お姉様もレイギンス様も大好きなのに……おかしいわよね……心のどこかで二人が別れることを望んでいたの……」
シャーロットの目から一筋の雫が流れる。
「ごめんね……ごめんね……」
「謝らないで……あなたのせいじゃないわ」
シャーロットの真意を聞いた私は、彼女を抱きしめた。
その後、シャーロットにも縁談の話が舞い込んだ。
相手はレイギンスに負けず劣らずの端正な顔立ちで、シャーロットは喜びを露わにしていた。
「良かったわね、シャーロット!」
私は屈託のない笑顔を妹に向けた。
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