恋愛小説No.26「妻に相応しくないみたいです」

サラは頭を抱えていた。

「サラ、どうかしたの?」

「……いえ、なんでもありませんわ」

心配そうに顔を覗き込んでくる姉のマリアに、サラは小さく首を振る。
だがしかし、そんな簡単に気持ちを切り替えられるはずもなく、サラは深いため息を吐き出した。

数日前。
私は婚約者のリチャードから突然婚約破棄を言い渡された。
理由は私が彼の妻に相応しくないというものだった。

私は黙って受け入れるしかなかった。
何故なら彼は侯爵家の子息であり、私は男爵家の令嬢だからだ。
異を唱えようものなら、厳しい罰が待っているだろう。

貴族社会とはそういうものだ。

「……実はこの前の婚約破棄のことで……」

私が独り言のように呟くと、姉は慰めるように私の肩に手を置いた。

「大丈夫よ、サラ。あなたは何も悪くないわ。悪いのは全てリチャード様なのだから。本当に男の人って勝手よね」

私のことを慰めてくれる姉に笑顔を向けるも、その表情はどこかぎこちなかったと思う。
それでも姉は優しい声で私に語りかけるように言った。

「ねぇ、サラ。少しだけお話をしない? お茶でも飲みながらゆっくりとね」

私は静かに首を縦に振った。

「そう……それで? サラはこれからどうするつもりなの?」

目の前には優雅な仕草で紅茶を飲む姉の姿があった。
姉はカップをソーサーに置くと、真っ直ぐに私を見つめていた。
私は静かに口を開く。

「リチャード様との婚約破棄を受け入れようかと……それを覆せる身分でもありませんし……」

私の答えを聞くなり、姉は悲しそうな顔を見せた。

「……他に気になる男性は誰かいないの?」

「……いいえ、いませんわ。そもそもそんなこと考えたことありません……私にはリチャード様が全てでした……」

「そうだったの……」

姉はそう言うと俯き加減になり、何やら考え事をしている様子だった。
そして数秒後、何かを決意したような瞳を見せ、私に向かって言った。

「もし……あなたが望むなら……紹介しようか?」

「え?」

「実は私の知り合いが最近恋人と別れてしまったみたいで……マークっていうんだけど、とても優しいし気にいると思うわ」

「……」

「サラ?」

私は姉の申し出に対して直ぐに答えることができなかった。
自分の不甲斐なさを感じてしまったからだった。
どうして自分はこんなにも弱いのか……。
完璧な姉と自分を比べてしまい自己嫌悪が心を走る。

そんな私の心を見透かしたように、姉は優しい声で言った。

「会ってみるだけでもどうかな?ね?」

「それだけなら……」

私は姉の顔を見られないまま、小さく頷いた。

数日後。
姉の紹介で、私はマークと会うことになった。
場所は高級レストランの一席。

私と姉が店に到着すると、窓辺の席に腰かけていた男性が立ち上がってこちらに手を振った。

「彼がマークよ……楽しんでね」

姉は私にこそっと耳打ちすると、身をひるがえし店から出ていった。

私がマークの前に腰を下ろすと、彼は口を開いた。

「初めまして……僕はマークと言います。よろしくお願いします」

緊張気味な挨拶。

「初めまして……サラです……」

それに対して私も軽く頭を下げた。
それから食事が始まり、緊張の解けたマークは終始楽しそうにしていた。
私もつられて笑顔になっていた。
そして食後のデザートが運ばれてくる頃になって、彼は徐に話を切り出した。

「あの……僕達付き合ってみませんか?」

突然の申し出に驚いたものの、不思議と嫌だと思わなかった。
むしろその言葉を口にしたのが彼で良かったと思ったくらいだ。
きっとこれが他の男からの申し出であったなら、私は素直に受け入れることなんてできなかっただろう。
それくらい直感的に彼を好きになっている自分がいた。

「はい……」

こうして私達は付き合い始めた。

一方、サラに婚約破棄を言い渡したリチャードは多忙で疲れ果てていた。
理由は簡単である。
婚約者を失い、新たな婚約者探しに躍起になった父親によって連日のように見合い話が舞い込んできたからだ。

もちろんその中には彼の理想とする女性などいなかった。
そもそもリチャードの理想とする女性像が高すぎるのだ。
彼はそのことに気づかずに、毎日のように見合いのためあちこちを飛び回っていた。

そんな彼の様子を見て、父親はため息交じりに言った。

「リチャードよ、お前もそろそろ大人になれ。いい加減に現実を見るんだ」

父親の言葉にリチャードはムッとした表情を浮かべる。

「お言葉ですが父上、私は妥協した結婚などしたくはないのです。侯爵家に相応しい女性を見つけてみせます」

リチャードの言葉を聞いて、父親は再び大きなため息を吐き出す。

「……仕方ない。こうなったら最後の手段を使うしかないようだ」

リチャードが首を傾げる。

「はい? それはどういう意味ですか?」

「サラ嬢を覚えているか?」

父の言葉にリチャードが頷く。

「当然です」

「彼女に再び婚約を申し込もう。お前の中では一番彼女が理想に近かったのだろう?それでいいな?」

「そんな……あんまりです父上!あと少しだけ……もう少しだけ待ってください!必ずやサラ以上の女性を見つけてみせます!」

「……はぁ……分かった。ただしあと三か月だけだぞ。それ以上は待てない」

こうしてリチャードは気を取り直して婚約者探しに躍起となった。
が、三か月経っても自分の理想に叶う女性は見つからず、ついに父が怒りを露わにした。

「リチャードよ、私はこれ以上は待てんと言ったはずだ。サラ嬢も既に婚約しているらしいし、お前の婚約者は私の一存で決める。いいな!!」

「……はい」

こうしてリチャードは自分の高すぎる理想に劣る、ごく一般的な貴族の女性と婚約を結ぶのだった。

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