私、カトリーヌには幼少期から想い人がいた。
名前はアリトス。
私と同じ伯爵家の貴族で、互いの両親の仲も良好だった。
しかし彼は伯爵家の長男であり、いずれは家督を継ぐ立場であった。
そのため婚約者として名乗り出ることは難しく、遠くから見つめるだけの日々が続いていた。
彼の両親は自分たちよりも身分が上の貴族と、アリトスを婚約させたかったのだ。
私が十五歳の時。
彼の婚約者が決まった。
侯爵家の令嬢で、とても美しく聡明な方だった。
名前をシャンデラといった。
彼女は私のことを快く思っていないのか、いつも冷たい視線を送ってきた。
私はその瞳に怯えてばかりだったが、ある日のこと。
「そういえば……あなたの目はとても美しいですよね」
突然そんな言葉をシャンデラが私に投げかけた。
「えっと……」
戸惑う私を見て、シャンデラはクスッと笑った。
「冗談よ。ごめんなさいね」
そう言って微笑む彼女の笑顔に、私は胸につっかえていたものが取れたような感覚になった。
もしかしたら私は彼女のことを誤解していただけなのかもしれない。
それからというもの、私は積極的に彼女に話しかけるようになった。
そして気づいた時には、私たちは友人となっていた。
想い人の婚約者と仲良くなんてなれないと思っていた私だったが、実際はそんなことはなく、シャンデラは親友になりつつあった。
そんなある日のことだった。
いつものように二人で中庭にいた時、シャンデラは唐突にこんな話を始めた。
「ねぇ、知ってる? この国の王子様の話」
「ああ、あのお伽噺のですか?」
それはこの国に伝わるお伽噺だった。
あるところに貧しい村がありました。
そこに一人の翡翠の目を持つ少年がおりました。
その少年は生まれつき体が弱く、両親からも疎まれていました。
しかしある時、神様から特別な力を授かります。
その力はどんな病気でも治してしまう力です。
少年はその力で村の人々を助けていきました。
やがて少年の力が王様の目に留まり、少年は王女様の婚約者に選ばれました。
「カトリーヌ、単刀直入に言うわね。私はあなたが王子の生まれ変わりではないかと思っているの」
「え……わ、私が……ですか?ふふっ……そんなわけないですよ」
唐突な言葉に私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
真剣なシャンデラの様相を見て、念を押すように再び口を開く。
「そんなわけないと思いますけど……」
「いいえ、絶対にそうだわ!」
シャンデラは強く断言した。
「だってあなたの目は、あのお伽噺に出てくる少年と同じ翡翠なんだもの! 翡翠の目を持つ人間なんて今まで見た事ないし、生まれ変わりに違いないわ!」
興奮気味に話す彼女に対して、私は少し困惑しながらも答えた。
「そうですか……?きっと翡翠の目の人なんていくらでもいますよ……私が王子の生まれ変わりなんて……恐れ多いですよ……」
「いいえ、間違いないわ!こうなったら魔導士に頼んで調べてもらいましょう」
「ええ!?」
こうして私はシャンデラに連れられ有名な魔導士の元を訪れることになった。
*
魔導士の家は思っていたよりも小さく、質素だった。
扉をノックすると、どこにでもいそうな老婆が出迎えてくれ、私とシャンデラを家に上げてくれた。
どうやらその老婆が魔導士らしく、彼女は椅子に腰を下ろすなり口を開いた。
「話はシャンデラから聞いてるよ。まず初めにいくつか質問するから、正直に答えてくれたまえ」
「はい……」
魔導士は私にいくつかの質問をした。
好きな食べ物は何かとか、好きな花は何かとか、そういった他愛のない内容だった。
しかし、魔導士は最後にこんなことを聞いてきた。
「ところであんた、恋をしているかい?」
予想外の質問に私は戸惑いながらも首を縦に振った。
「はい……しています……」
「相手は誰だい?」
私の頭に浮かんだのは一人の男性の顔だった。
それはもちろんアリトスだ。
しかし彼の婚約者のシャンデラがいる手前、その名前を口にすることはできない。
「……幼馴染です」
濁すようにそう答えると、魔導士は「そうかい」と微かに笑った。
その後、魔導士は棚から水晶玉を持ってくると、机の上に置いた。
「今からあんたの魂の色をこの水晶に映す……緊張せずにリラックスしておくれ」
そう言われて私は深呼吸をする。
一体自分の魂は何色なのかしら……。
青とか赤かしら。
黒だったら何かショックね。
ドキドキしながら待っていると、突然視界がぼやけ始めた。
あれ?と思った時にはもう遅く、私の意識はそこで途絶えたのだった。
次に目を覚ました時には見慣れたベッドの上にいた。
「ここは……」
そう呟きながら起き上がると、隣にアリトスが立っているのに気づいた。
「アリトス……私は一体……」
「君は王子の生まれ変わりだそうだ」
「え?」
アリトスの言葉にきょとんとする。
彼は嬉しそうに笑みをこぼすと、私の頬を撫でた。
「シャンデラとは婚約破棄したんだ。僕は君と一緒になりたい。君のことが好きだと気づいたんだ」
突然の彼の言葉に顔が熱くなる。
シャンデラとの婚約破棄のことなど直ぐに頭を抜けていった。
「カトリーヌ、僕と婚約してくれるかい?」
私は彼のプロポーズを受け入れた。
「もちろん……!私もずっとあなたと一緒になりたいと思っていたの……!」
そう言って私は彼に抱きついた。
*
数時間前。
カトリーヌが眠るベッドに近づく人間がいた。
その人間の手には鋭く光る包丁が握られていた。
「さよなら……カトリーヌ」
彼女が呟いたその時だった、扉が勢いよく開き、アリトスと魔導士の老婆が部屋に飛び込んできた。
「なっ!?お前たち……なんで!?」
魔導士が指をひょいと動かすと、彼女の手から包丁がすっと消えた。
「もう諦めるんだ、シャンデラ」
アリトスの声にシャンデラが小さく舌打ちをした。
「どうして……わかったの……?」
「魔導士様が気づいてくれたんだ。君の中の闇の感情にね」
アリトスが慎重に言葉を返す。
魔導士も呆れたようにため息をつくと、「馬鹿なことをしおって……」と小さく呟いた。
「シャンデラ。君はカトリーヌが羨ましかったんじゃないのか?王子と同じ魂を持った彼女が……」
「ふっ……その通りよ。私よりも位の高い人間ならまだしも、こんな小娘が王子の生まれ変わりなんて……屈辱にもほどがあるわ」
シャンデラはそう吐き捨てると、アリトスに鋭い視線を向けた。
「だから殺そうと思ったの。ただそれだけよ……」
アリトスは一瞬悲しそうに目を細めたが、次の瞬間には厳しい視線を彼女へ送っていた。
「そうか……最後に一つだけ。君との婚約は破棄させてもらう。……罪を償え」
その後、魔導士に拘束されたシャンデラは衛兵たちに連れられていった。
アリトスは死んだように眠るカトリーヌの隣に立つと、そっと頬を撫でた。
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