「アネール。お前を聖女法第二十二条違反の罪で国外追放とする」
その言葉と共に王は近くの兵に、私を拘束するよう命令した。
「そ……そんな……待ってください! お願い……」
「黙れ!!! 貴様が行った行為は立派な犯罪だ!! 即刻この国から出ていけ!!」
王の顔が怒りで歪み、私を睨みつける。
「お願いします! ど、どうか……」
私は懇願するように声を出すも、二人の兵士が私の両腕を掴み、引きずっていく。
必死に抵抗したもののびくともせず、王の姿が私からどんどん遠ざかってゆく。
周りを見ると、王の護衛の兵や上級貴族達が私を冷ややかな目で見ていた。
それは何人も殺した連続殺人犯を見るような目だった。
「く……うう……」
私の目から涙が流れ落ちた。
視界がぼやけて周りがよく見えない。
なぜ私が……正しいことをしたはずなのに……
……後ろで扉が閉まる音がした。
空気の質感が変わり、人の気配も一気になくなった。
私は一生懸命に首を振って、涙を吹き飛ばした。
だが、そこにはもう王の姿は無かった。
*
「おら、さっさと歩け!」
兵士の怒号を浴びながら私は東門へと続く道を歩かされていた。
道行く人が私を見て、こそこそと何か話している。
「あの人って確か……聖女様よね?」
「ええ。噂によると……」
「嘘!? 怖いわぁ……まさか聖女様が……」
耳を澄ますと、自分でも驚くほどに話の内容が聞こえてきた。
そのほとんど……いやきっと全てが私の話だろう。
そう思えるほど、街の人々の目は王宮の王達の目と似ていたのだ。
自身を蔑む目を一身に浴びていると、気づいたら東門がすぐ目の前に迫っていた。
自分の数倍の大きさがあるその門に昔は心が駆り立てられていたが、今は何も感じない。
いっそのこと早く国の外に出してほしかった。
「おい開けろ」
私を拘束していた兵士が門番に言った。
重たい門が数人の兵の手によってゆっくりと開かれる。
「ほら行け!」
兵士はぶっきらぼうにそう言うと、私を門の外へと押し出した。
よろめきながら外の土を踏んだ。
終わった……
絶望感の元私が振り返ると、案の定門はすでに閉まっていた。
「……」
私は俯いた。
まだ朝なのに夜のような静けさが辺りを覆っている。
だが、心の中にはそれさえも飲み込むほどの絶望が渦まいていた。
耳のすぐ横で濁流が流れているみたいだった。
これからどうすれば……
「アネール様。お迎えにあがりました」
「……は?」
*
目の前から声がして、私は顔を上げると、そこには馬に乗ったとても位の高そうな青年がいた。
端正な顔立ちはまるで理想の王子様のようだった。
「あ、あなたは……?」
「私はグルタール王国の第三王子……ヨネと申します。突然のことながら恐縮ですが、あなたを私の妃に迎え入れたく……」
「え? 何言って……私が妃? は?」
私が狼狽えると、彼はキョトンとした顔をした。
「ん? お忘れですか?……半年ほど前、あなたに助けて頂いたのですが……あの時から貴方のことがどうしても頭から離れなくなってしまって……」
半年前……
記憶を必死に探ると、私が国外追放の理由になった出来事が思いだされた。
もしかして……あの時、幽閉されていた……
私が分かりやすい顔をしていたのか、ヨネは嬉しそうに笑った。
「どうやら思い出されたようですね。あの時は本当に助かりました。我が国は小国故、この国に攻撃を仕掛けることもためらっていて……」
「そ、そんなことより、あなたいいの!? こんなところにいたら危ないんじゃない!?」
「ははっ。確かにそうですね。また捕まるのも嫌ですし……では早速行きましょう」
そう言うと、ヨネは私に手を差し出した。
「え?」
驚く私をよそに、ヨネは笑顔のまま無言で頷く。
躊躇している私とは反対にヨネは表情一つ変えることは無かった。
「さあ」
ゴクリと唾を飲み込む。
心の中で何かが変わる音がした。
「はぁ……分かったわよ」
*
「アネール。準備はいいかい?」
ヨネは私に優しい笑顔で微笑みかけた。
「うん」
私もそれに負けないように笑顔を作る。
「じゃあ、行こう」
私達は一歩踏み出した……
「こ、こんなにたくさん……」
私が下を見ると、大勢の国の民たちが歓喜の渦を巻き起こしていた。
走りまわっている者もいれば、腕を上げ喜びを表現する者もいた。
「はぁ……この様子だともう皆知ってるようだね……」
ヨネは嬉しそうにため息をつくと、私を見て言った。
「そうね……でも……こんなに大勢の人が私達の結婚を祝ってくれるなんて……本当に嬉しい」
「うん。そうだね」
その時だった。
「静粛に!!! 静まれ!!!」
私達の横にいた白髪の老人が突然大声を出した。
そして、それを聞いた民たちは一瞬で静かになり、一斉に私達がいる王宮の高台を見上げた。
「ヨネ王子。そろそろ……」
「ああ、ありがとうグガン」
ヨネはそう言うと、一歩前に出て深呼吸をして、大きく口を開けた。
「グルタール王国の民よ!今日は皆に大事な報告がある!」
ヨネの声が辺りにこだまし、私も含め皆が彼の声に耳を傾けた。
「グルタール王国第三王子ヨネは……」
そこまで言ったとき、ヨネは私の方を向き頷いた。
私も頷き、一歩前に出て彼のすぐ横に立った。
「ここにいる……聖女アネールを……」
ヨネは再び大きく息を吸うと、周りをぐるっと見て口を開いた。
「正式に私の妃とすることを……ここに宣言する!!
ヨネの言葉の最後の方は、民の歓喜の声で消えてしまっていた。
彼はばつの悪そうな顔をして呆れたようにため息をついていたが、緊張から解放されたようでどこか嬉しそうだった。
私も夢物語みたいな光景に心臓がバクバクなるくらい緊張したが、終わってしまえばどうってことない。
「じゃあ、戻ろう」
ヨネは私に手を差し出した。
正直なことを言うと、もう少しだけここにいたいような気もした。
だがヨネはこういう場が苦手らしいので、早いとこ王宮の中に入ってしまいたいのだろう。
「はぁ……分かったわよ」
私はため息をはくと、ヨネの手を強く握った。
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