恋愛小説No.21「姉に嫉妬されています」

伯爵令嬢カトリーナには意地悪な姉がいた。

「あ、あの……お姉様……」

「あら、何かしら? 私に話しかけるなんて珍しいじゃない。大雪でも降るのかしらね。で、無能なあなたが私に何の用かしら?」

そう言ってニヤリと笑うのは私の姉のリーゼだ。

この人は昔から私の事を虐めてくる。

私が何かする度に、口を挟んできては貶してくるのだ。

「……なんでもありませんわ」

私は言い返せない自分が悔しくて、唇を噛み締めながらその場を去った。

しかし次の日も、そのまた次の日も……毎日のように姉から貶されたり、罵声を浴びせられたり、物を投げられたりした。

「やめて下さい! お姉さま!」

「あんたみたいな無能は黙ってなさいよ!!」

「きゃっ!!」

そんな日々が続いたある日のこと……。

姉の部屋へ呼び出されたので行ってみると、突然頬を叩かれた。

「痛い……うぅっ……どうしてこんな事ばかりするんですか……ひっく……」

「ふん! それはアンタが悪い女だからよ!! 私より劣っている分際で生意気なのよ!!」

実はこの出来事の一週間前に私に縁談の話が来ていたのだ。

相手は同じ伯爵家のレイブンという男性だった。

未だ婚約者のいない姉はそれに嫉妬したのだろう。

「ごめんなさいぃ……許して……」

「ダメよ! 今日という今日は徹底的に教育してあげるわ!」

「嫌です! 助けて下さい! 誰かあああっ!!!」

助けを求めても部屋の扉が厚く、誰も駆けつけることはない。

それからと言うもの、私は毎日のように体罰を受けた。

時には鞭で打たれたり、水をかけられたり……酷い時は暴力を振るわれた事もある。

しかし姉は巧妙に外からは見えない所に傷を作るのだった。

「どうせあなたは誰にも愛されないわ。だってあなたは無能なんだからね!縁談だって無くなってしまうに決まってる。これから一生独身で過ごすのよ」

「そんな……どうしてそんなことを言うのですか……」

「どうしても何も、事実でしょう? あんたなんかの婚約者に誰がなりたいというの?いいこと、もう二度と私に話しかけないでちょうだい」

「そんな……」

姉に毎日のように罵倒され、私は心身ともに限界だった。

自己肯定感が下がった私は、自然と自分が悪いと考えるようになり、自ら縁談の話を断ろうと考えるようになった。

そして今日……私は父の部屋へと赴いた。

「失礼します。お父様、少しよろしいでしょうか?」

「おお、カトリーナか。入りなさい」

ドアを開けるとお酒を飲みながら上機嫌の父がいた。

どうやら既に酔っぱらっているようだ。

「あの……お願いがあるのですが……」

「ん? なんだい?」

父はグラスを置き、こちらを見た。

「あの……私に婚約の話があったと思うのですが……」

「ああ……それがどうかしたかい?」

私は意を決して言葉を続けた。

「その話は無かったことにしてもらえませんか?」

「えっ!?」

驚いた様子を見せる父だったが、すぐにいつも通りの表情に戻った。

私の言葉を冗談だと思ったのかもしれない。

「どういうことだ?あのグリンバーグ伯爵家のレイブンだぞ?お前には勿体無い程の良縁だと思うのだが……」

「確かにそうかもしれませんが……私には……相応しくないかと思いますので……」

「……ふむ……しかし……」

父は私の決意の籠った瞳から、これが冗談でないと察したらしい。

真剣な表情で考え始めた。

「お前の考えは分かった。だが経緯くらいは聞かせてくれまいか?どうしてそんなことを考えるようになったのだ?」

「えっと……その……」

まさか姉から罵倒されないために縁談を破棄してほしいとは言えず、他にまともな言い訳も思いつかなかった私はそのまま黙り込んでしまった。

すると父はそれを見て何かを悟ったようで、ゆっくりと口を開いた。

「……カトリーナ、明日暇なら街へ出かけようじゃないか」

「えっ?」

突然の提案に戸惑ったが、断る理由も無いので了承することにした。

「分かりましたわ。では明日のお昼頃に馬車を手配しておきますわね」

「うむ、頼んだぞ」

こうして私は次の日、父と二人で街へ出掛けることになった。

「うわぁ!凄い人ですね!」

翌日、私達は王都にある大きな広場に来ていた。

ここは様々な催しが行われる場所らしく、大勢の人で賑わっていた。

「そうだな。ところでカトリーナ、欲しいものは何かあるか?」

「えっと……あ、はい!実はずっと前から欲しかったものがあるんです!」

私がそう言うと、父は笑顔で私を見つめた。

「ほう、それはなんだい?」

「えっと……実は自分でお菓子を作ってみたくて、それで……美味しい焼き菓子の作り方が載っている本を買いたいんです!」

私は最近料理にハマっていた。

始めは現実逃避のための趣味だったのだが、思った以上に好きになってしまいお菓子などにも挑戦したいと秘かに思っていたのだ。

料理している時は姉のことを忘れられた。

「なるほど、そういう事か。よし、じゃあ本屋に向かおうか」

「はい!ありがとうございます!お父様!!」

その後、私は無事に目当ての本を購入した。

喜ぶ私を見て父も嬉しそうに微笑んだ。

「よし、次はどこへ行きたい?」

「うーん……」

父と一緒に買い物をした私はすっかり気分が良くなっていた。

毎日のように姉から罵られ酷い仕打ちを受けていたため、なんでもない父との時間がとても幸せなものに感じられた。

このまま時間が止まればいいのにな……。

そしたらもっと楽しく生きられるのに……。

そんなことを考えていたその時だった。

「キャアァッ!!」

女性の悲鳴が聞こえてきたのは……。

声のした方を見るとそこには刃物を持った男の姿があった。

男の前には初老の夫婦が青い顔をして立っている。

男は興奮した様子で叫び声を上げていた。

「お前たちのせいで……俺の会社は潰れたんだ!!死をもって償え!!」

「やめろ!!やめるんだ!!」

騒ぎを聞きつけてやってきた衛兵たちが必死で止めようとしているが、男は全く聞く耳を持たない。

「うるさい!!俺はこいつらを殺すまで止まらないぞ!!離せ!!」

男は無理やりに衛兵たちを振り払うと、夫婦へ突進していった。

「危ない!!」

私は気づいたら走り出していた。

「なんだお前!!??」

背後から走ってきた私に気づいた男が、一瞬足を止める。

私はその隙に男へ全力で体当たりした。

「ぐわっ!!」

男が夫婦の前に倒れこむ。

衝撃で刃物は遠くの地面へ飛んでいった。

「い、今だ!捕らえろ!」

気を持ち直した衛兵たちが次々と男へ覆いかぶさる。

そしてあっという間に男は拘束されてしまった。

「くそがぁぁ!!!!」

拘束された男は断末魔のような叫び声を上げながら衛兵に連れられ去っていく。

「あの!大丈夫ですか!?」

男の姿が見えなくなると、先ほどの夫婦が私の元へ駆け寄ってきた。

「あ……はい……何とか」

父の手も借りながら私はヨロヨロと起き上がる。

「本当に助かりました……なんとお礼を申し上げたらいいか……」

夫婦が深く頭を下げる。

「いえ、当然のことをしただけです」

私は少しだけ得意げに答えた。

「うむ、偉かったなカトリーナよ。よくやった。お前が飛び出した時は心臓を掴まれた思いだったが、とにかく無事でよかった」

父も満足そうな表情を浮かべている。

「それであの……」

と、夫婦が私に懇願するような目を向ける。

「厚かましいお願いだと重々承知していますが……少しだけ私たちの話を聞いてはくれませんか?」

その一週間後。

私と姉は父の部屋へ呼び出された。

私たちが部屋の中へ入ると、父は唐突に姉に告げた。

「リーゼ、お前の婚約者が決まった。グリンバーグ伯爵家のレイブンだ。よろしく頼む」

「……え?」

突然のことに戸惑う姉を他所に、父が話を続ける。

「実は、この前街であった公爵家の夫婦が是非カトリーナを息子の婚約者にというのでな……カトリーナの代わりにお前がレイブンと婚約してくれ」

「はい?」

姉の顔が醜く歪む。

拳がプルプルと震え、怒りがこっちにまで伝わってくる。

「お父様? ということは、カトリーナはその公爵家の子息の方と婚約するということですか?」

「ああ。その通りだ」

姉はまだ納得のいかない顔で父に言葉を続ける。

「そして私には……は、伯爵家のレイブンと婚約しろと?」

「ああ、その通りだ」

淡々と父が返すも、姉の様子は全くの逆で、今にも噴火しそうな火山のように怒りに満ちた顔をしていた。

「そんなことって……この私が……カトリーナの代わりなんて……」

姉は父の前に一歩進み出ると、机をバンと叩いた。

「お父様! そんなのあんまりですわ! この私がなぜ伯爵家なのですの!? カトリーナは公爵家なのに……酷いです!」

「酷いのはお前の方だ」

「はい?」

父は静かに席を立ち上がると、姉を睨みつけた。

「人を身分でしか測れないなど愚の骨頂だ。恥を知れ、このたわけ者!」

普段温厚な父の怒りに姉が一歩後ずさる。

姉は悔しそうに拳を握った。

「くっ……も、もういいですわ! どうせカトリーナなんてすぐに婚約破棄されてしまいますわ!」

姉は最後にそう言い放つと、部屋から出て行ってしまった。

父がやれやれと言いたげな顔でこちらを見つめる。

私も哀れみを込めてため息をはいた。

その後、私は公爵家に嫁ぎ、姉から無事に解放された。

何不自由ない暮らしと、私を真に愛してくれる婚約者と共に幸せに暮らしている。

一方姉は浮気をして婚約破棄されたらしい。

悪い人間にはちゃんと天罰が下るんだな。

私はそう思って、同情を込め微笑んだ。

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