ダイヤモンド公爵の家に養子として引き取られた私を待っていたのは、聞くに堪えない言葉の数々だった……。
ダイヤモンド公爵と公爵夫人の間には子供が出来なかった。
数年の月日を費やしたが子供が一向に生まれないことに焦りを感じた公爵は、児童保護施設に預けられていた私を引き取り養子とすることにした。
私は新しくエメラルドと名付けられた。
しかし公爵夫人はそのことに納得していないらしく、私の顔を見ると隠す様子もなく暴言をはいた。
「こんな汚い子が私の娘になるだなんて……はぁ……もうこの家も終わりかしらね……」
初対面で夫人は私にそう言い放った。
まだ六歳であった私だったが、その言葉の意味する所を理解することが出来た。
それから十年の月日が経過すると、私に縁談の話が舞い込んできた。
ダイヤモンド公爵の名は有名であったので多くの貴族からの申し込みが殺到した。
最終的に選ばれたのは同じ爵位の、トパーズ公爵の子息サンドライトだった。
私は初めての縁談に緊張と不安が止まらなかったが、それを吹き飛ばすようにサンドライトは明るい性格の青年だった。
加えて気配りも上手で、なにより優しかった。
私は直ぐに彼に心を奪われた。
縁談は順調に進み、私とサンドライトは正式に婚約を果たした。
そして結婚式の日取りや場所を決め、幸せな未来が音を立てようとした最中。
ついに母が行動を起こした。
母は私と父を自室へ呼び出すと、怒りに顔を震わせた。
「あなた……エメラルドの婚約は破棄してちょうだい!! やっぱりこんな子に私たちの未来を託すのは間違っているわ!!」
「な、何を言っているんだ……急にどうした?」
父が母をなだめようと手をやるも、母はそれを跳ねのける。
母は私をキッと睨むと言葉を続けた。
「この子の本当の両親のことを調べたわ……そしたら大変なことが分かったの。この子の両親は犯罪者なのよ! それも十人も人を殺した大罪人なの!!」
「え? そんな……」
私は絶句した。
施設の職員から両親は私を生んで直ぐに事故で無くなっていると聞かされていた。
話がかみ合わない。
「お母様! それは何かの間違いではないですか!? 私の本当の両親は事故で……」
「だまらっしゃい!! もうあなたにお母様などと呼ばれたくもないわ!! 汚らわしい!!」
母の怒りの矛先は父にも向く。
母は父に指をさすと、怒りそのままに言った。
「ということなのでエメラルドの婚約は破棄してくださいね!」
父は反論しようとしたが上手く言葉が出てこないようで、降参したようにうなだれていた。
絶望感が体を支配し、何倍にもその場の空気を重たくさせていた。
*
後日、私の両親の詳細はサンドライトにも告げられることとなった。
応接間に入った彼とその父親は私たちの顔色から事の重大さを察したらしい。
緊張した面持ちで席についた。
二人が席に着くのを見計らって母が声高に言葉を並べる。
「今日御二人に来て頂いたのは、我が娘エメラルドについての報告のためです。彼女が養子であることは既知の事と存じますが、今回お伝えしたいのは彼女の本当の両親についてです」
「本当の両親?」
サンドライトが体を前のめりに倒す。
「はい。実はエメラルドの両親は殺人を犯した罪人なのです」
「な、なんだって!!」
サンドライトの父トパーズ公爵が一際大きな声をあげ、その勢いのまま椅子から立ち上がる。
少し遅れてサンドライトも「そんな……」と茫然とした。
「し、失礼……」
トパーズ公爵が我に返ったように再び席につくと、母は申し訳なさそうに言った。
「ですから今回の婚約は破棄させて頂きたく思います。知らなかったこととはいえ誠に申し訳ございませんでした」
罪人の娘と婚約したい人などどこにもいない。
私は諦念したように目を細めると、頭を下げた。
母と父もそれに続く。
もう終わった。
私の薔薇色の人生はここで潰えたのだ。
姿も覚えていない本当の両親の悪行によって。
悔しさで涙がこぼれ落ちた。
「エメラルド、泣かないで」
と、頭の先から声がした。
サンドライトの優しい声だった。
私は顔を上げた。
彼の太陽のような笑顔が私を照らす。
「たとえ君の本当の両親が大罪人だとしても、僕は構わない」
父と母も顔を上げる。
「僕はエメラルドのことが好きで婚約したんだ。君の素性がどんなでもそれが変わることはない。僕は君と幸せになりたい」
トパーズ公爵が「全く……」と呆れたような嬉しいような声を出した。
「だから婚約破棄はしない。このまま僕と一生を共に歩んでほしい」
「サンドライト……」
私の目から再び大粒の涙がこぼれ落ちた。
先ほどの涙とは違い、温かい涙だった。
母は呆気に取られた様子で反論する素振りは微塵も見せなかった。
サンドライトの意志の固さを垣間見たのだろう。
その後私は無事にサンドライトと結婚をした。
母はどこか不機嫌そうにしていたが、父は涙を流して喜んでくれた。
両親が罪人だと知って絶望に染まった私の心だったが、サンドライトがそれを救ってくれた。
私は彼と一生を添い遂げたい。
エメラルドのような輝きで。
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